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福岡地方裁判所 昭和44年(む)879号 決定

被疑者 前田利明 外一名

決  定

(被疑者氏名略)

右両名に対する特別公務員暴行陵虐等付審判請求事件について、右被疑者ら及び被疑者前田利明の弁護人国府敏男、同上田正博、被疑者前田光雄の弁護人荒木新一から右事件の審理を担当する福岡地方裁判所裁判官白井博文に対する忌避の申立があったので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

本件各忌避の申立を却下する。

理由

第一、本件各忌避申立の理由は、被疑者前田利明とその弁護人国府敏男、同上田正博作成の忌避申立書、並びに被疑者前田光雄とその弁護人荒木新一作成の忌避申立書に記載のとおりであるが、所論は要するに次のとおりである。

本件特別公務員暴行陵虐並びに公務員職権乱用付審判請求事件(昭和四四年(つ)一号。以下本件付審判請求事件と略称する。なおその被疑事実は別紙(一)(略)記載のとおりである。)は、現在福岡地方裁判所第三刑事部に係属し、裁判官白井博文は、同部の陪席裁判官として同事件の審理に関与しているものであるが、同裁判官は、昭和四三年二月一〇日公訴が提起され、旧第三刑事部(裁判長裁判官真庭春夫、裁判官富田郁郎、裁判官白井博文)に係属した被告人福田政夫に対する公務執行妨害被告事件(昭和四三年(わ)七一号。俗に博多駅事件と呼ばれているものであるが、以下本件公務執行妨害被告事件と略称する。なおその公訴事実は別紙(二)(略)記載のとおりである。)の審理、判決にも、これを構成する陪席裁判官として関与しており、右判決裁判所は同四四年四月一一日、「同事件の被疑者片岡照征を含む警察機動警ら隊や、鉄道公安職員が、被告人福田ら三派系全学連所属学生約三〇〇名に対して執つた圧縮排除の実力行使は、法的根拠を欠き、適法な職務の執行とは言えず、更に右被告人が右被害者に接触したことは窺えるが、これは被害者ら警察機動警ら隊、鉄道公安職員らの不適法な職務行為によつて順送りされた際のものであるから、右接触が直ちに暴行の構成要件に該当するとするには疑義があり、その他特に暴行に及んだと認めるに足る証拠がない。」との理由で、右被告人に対し無罪の判決を言渡したものであるところ(右判決に対して検察官控訴中)、右無罪判決において審理判断された事項と、本件付審判請求事件の内容とは結局表裏一体の関係をなすものと言うべきであり、しかも右無罪判決は、右警察機動警ら隊、鉄道公安職員の執つた職務行為の適法性については勿論、警察機動警ら隊の方で、学生らが南集札口から出られないようにしたものであるかどうか等について、多数の証人を取調べて、その点に関する判断を示し、又右被告事件当時、警察部隊員より暴行を受け、或いは強制的に身体検査を受けたとする多数の証人を取調べた上でなされたものであつて、まさに本件付審判請求事件の審理をその中で先行する形をとつているのである。従つて、右の如き審理判決に関与した裁判官が、本件付審判請求事件の審理に関与するときは、刑事訴訟法二〇条七号所定の所謂「前審関与」の除斥事由がある場合に等しく、不公平な裁判をする虞があるというべきである。

更に右無罪判決には、「職務の適法性について」と題する項目中で、当日出動した機動隊の警備配置について詳細に論じ、「学生らが南集札口に通ずる旅客通路に滞留するに至つた状況は、駅側と連携した機動隊の作出した事態であるというべきである。」等と説示しているのは、同判決裁判所が、警察機動隊並びに鉄道公安職員等による警備実施の目的、方法につき、強い非難の念を懐いていることを示している。これに加えて、申立人前田光雄の目撃した、同判決裁判所の裁判長裁判官であつた真庭春夫が、同事件での検証の途中被告人に示した言動、昭和四四年四月一二日付朝日新聞朝刊紙上に登載された同裁判官の談話から推して、本件公務執行妨害被告事件につき、被告人福田に対し無罪を暗示しながら審理を進めた疑が濃厚で、その訴訟指揮に関しても、証人として証言中の機動隊員を不当に罵倒し、被告人が野次を飛ばし、大声でどなつても、これを放置し、それに対する適切な訴訟指揮を求めた公判立会検察官を叱責して口論となる等、本件公務執行妨害被告事件の被告人及びその弁護人等本件付審請求事件の請求人側の者に極度に好意的で、警察官等本件付審判請求事件の被疑者側の者には甚しく不信な態度を示したことが認められ、これらの事実を併せ考えれば、右判決裁判所は本件公務執行妨害被告事件の審理過程において、警察の警備目的に対し不当な予断、偏見を懐いていたものと考えられ、従つて、同事件の審理、判決に関与した白井裁判官は、本件付審判請求事件の審理に当つてもまた、右予断と偏見を払拭し得ず、不公平な裁判をする虞がある。

第二、本件忌避申立の審理経過

本件付審判請求事件被疑者前田利明とその弁護人らは昭和四四年六月二三日、同被疑者前田光雄とその弁護人は同年七月二日、それぞれ当時右事件の審理を担当していた福岡地方裁判所第三刑事部の裁判長裁判官真庭春夫(同年八月五日付で宮崎地方裁判所に転補され、本件付審判請求事件の審理を担当する裁判所の構成員ではなくなつた。)及び同部の陪席裁判官白井博文に対し忌避の申立をし、これに対して同年八月四日福岡地方裁判所(第四刑事部)は、「付審判請求事件の被疑者には、同事件の審理担当裁判所の裁判官を忌避することはできない」として右各申立を却下する決定をしたところ、右申立人等は同決定に対し即時抗告を行い、福岡高等裁判所は同年八月九日右決定を相当として決定をもつて右即時抗告を棄却したのであるが、更に右各申立人らは、特別抗告の申立をし、同年九月一一日最高裁判所は、右福岡地方裁判所の決定は、「刑訴法二一条一項に忌避申立権者として定められた被告人には、当然に付審判請求事件の被疑者も含まれると解しなければならない。これに反する原決定及びその維持する第一審決定は、同条項の解釈、適用を誤まつたものであり、これを取り消さなければ著しく正義に反すると認められる。」として、白井裁判官に関する部分についてのみ取消す旨の判断を示した。

よつて当裁判所は、右最高裁判所の判示するところに則り、右被疑者前田利明外二名並びに右被疑者前田光雄外一名提出の前示各忌避申立書記載の忌避申立理由中、白井裁判官に関する部分についてのみ、その主張の当否につき、本件付審判請求事件の記録、本件公務執行妨害被告事件の記録等を詳細に検討のうえ判断することとする。

第三、当裁判所の判断

一、前記各記録に徴すると、本件付審判請求事件は、現在福岡地方裁判所第三刑事部(裁判長裁判官塩田駿一、裁判官綱脇和久、裁判官白井博文)に係属中であるところ、白井裁判官は被告人福田政夫に対する本件公務執行妨害被告事件につき審理を遂げ同被告人に無罪の判決を言渡した同地方裁判所旧第三刑事部の陪席裁判官であつた事実が認められる。

二、よつて、まず「右両事件が表裏一体の関係にあり、本件公務執行妨害被告事件の審理、判決に関与した裁判官が、本件付審判請求事件の審理に関与することは、刑事訴訟法二〇条七号所定の所謂「前審関与」の除斥事由がある場合に等しい」との主張について判断する。

(一)  まず両事件を比較検討するに、両者はともに、米原子力艦艇佐世保寄港阻止闘争に参加するため、昭和四三年一月一六日午前六時四五分着の急行「雲仙、西海号」で、福岡市三社町所在国鉄博多駅に下車した所謂三派系全学連所属学生三〇〇名位と、博多駅公安機動隊及び博多駅公安室長(本件忌避申立人前田光雄)らの要請によつて出動待機していた福岡県警機動隊とが、同駅南集札口へ通ずる旅客通路上で接触し、機動隊が学生らを右集札口外に排除するに至る過程で発生したと主張されている事件であつて、社会的事実関係を共通にし、一見表裏一体の関係にあるかの如き観を呈するけれども、審理の対象として両事件の具体的内容を比較検討すれば、本件公務執行妨害被告事件の主たる争点事実は、(一)右旅客通路において被告人福田の排除行為に従事した警察機動隊員片岡巡査の職務行為は適法であったか、(二)その際被告人福田は片岡巡査に対し、ヘルメットをかぶつたまま頭から突き当る等の暴行を加えたか、というのである。一方本件付審判請求事件のそれは、(一)右片岡巡査ら機動隊員約五〇〇名は、進路を閉鎖されて右通路に滞留を余儀なくされていた学生らを、一人一人分断して、階段上から集札口めがけて順次投げ飛ばし、突きとばし、殴打する等の暴行をなしたか、(二)右集札口内側に待機していた機動隊員約三〇〇名は、階段上から投げ飛ばされる等した学生を取り押えて、順次強制的に集札口外に連行し、強制的に身体検査をし、その顔写真を撮る等し、学生らに義務なきことを行わしめたか、というのである。右の如く両事件間には事実関係を共通にしない部分が多いのである。結局右両事件は、審理の対象たる事実の比較においては、一個の社会的事実を異なる観点から構成した、所謂「表裏一体の関係にある」事件とは認め難い。

(二)  なお右無罪判決は、片岡巡査の職務行為の適法性について、特に一項を設けて詳細に事実を摘示した上での判断を示しており、その中で、当日出動した機動隊の警備配置についても詳細に論じて、「学生らが右通路に滞留するに至つた状況は、学生らが自ら招来したというよりは、駅側と連携した機動隊の作出した事態というべきであつて、不退去による違法状態の成立を前提としてなされた機動隊の圧縮排除の実力行使はその根拠を欠き、その排除行為に従事した片岡巡査の職務行為も又適法と断ずることを得ない」と説示し、本件付審判請求事件の被疑者らに不利益な事実認定を表明していることは所論主張のとおりである。又同事件の審理過程においては、弁護人ら申請の証人数名が、証言中で右排除の際の機動隊員らの学生に対する暴行の事実、所持品検査の事実にも言及している。

しかしながら、その審理経過に徴すると、同事件では当初から、前記のとおり被告人福田の片岡巡査に対する暴行の有無とともに、むしろその前提問題として、同巡査の職務行為の適法性が、しかも同巡査をも含めた機動隊の学生に対する圧縮排除の原因との関連において争点とされ、両争点事実は、証拠調上は不可分の関係において争われていたのであり、又右弁護人ら申請の証人は、学生らが博多駅に到着するまでの状況、同駅南集札口附近における学生の状況及び機動隊の規制排除の状況を主たる立証趣旨として申請され、かつ採用された証拠方法であつて、専ら右機動隊員による所持品検査等の事実を立証するために申請され、かつ採用されたものでないことが明らかである。

更にこの点に関して申立人前田利明とその弁護人らは、「右判決裁判所の裁判長裁判官真庭春夫が、右判決言渡直後新聞記者に語つたとされる談話の中、昭和四四年四月一二日付朝日新聞朝刊登載の「所持品検査の点に触れなかつたのは、裁判の敏速化を第一に考えたからです。これについての判断も加えるならば、さらに時間と人手をかけなければならない。判断の材料が十分にそろえばその段階で結論を出すというのもひとつの使命であり」とする部分及び同月一一日付毎日新聞夕刊登載の「今度の事件は集団行動の中で起つたものだつたので、どうしても事件全体との関連の中で判断する必要があつた。それで判決は、事件の経過、職務の正当性、暴行の事実という構成をとつた。とくに過剰警備という言葉は使わなかつたが、職務が違法であつたということは、警備が行過ぎだつたということだ。」とある部分を、各申立人らが本件理由書中で主張した右審理経過についての事実と併せ考慮すれば、右判決裁判所は、右被告人事件の審理過程において、警察及び鉄道公安部隊の活動のあり方について、できるだけ幅広い観点から批判を加える意図をもつて右事件を審理し判決したことが窺える。」と主張する。

しかしながら所持品検査の点については、右毎日新聞登載の談話の続き部分に「所持品検査の当否については、この事件とは直接関係がなかつたので、触れる必要はないと判断した」とあり、さらに右被告事件の記録を精査し、その審理経過に徴すると、同事件の弁護人らは冒頭手続において、本件付審判請求事件の基礎となつた告発の点に触れて、後日多数の学生を証人として取調請求しているのであるが、その中採用された者はわずか四名であり(外に大学教授一名と元警察官一名)、しかもその立証趣旨は前記のとおりであつて右判決裁判所は、「事件全体との関連の中での判断」を必要としつつも、審判の対象を可及的に右被告事件の訴因事実に限定しようとする努力を払つていることが認められ、じじつ右判決は前記のとおり本件付審判請求事件の主要な争点と目される機動隊員の学生らに対する暴行の事実並びに所持品検査等の事実については何等の判断も示していないのであつて、右申立人ら主張の如き意図は全く認められないのである。

(三)  右認定に基づけば、右無罪判決の前示説示部分を目して、同判決裁判所が警察警ら機動隊並びに鉄道公安職員らによる警備実施の目的、方法につき、強い非難の念を有していることを示しているとし、その審理経過と併せ考えれば、同裁判所は右被告事件の審理、判決を通じて、既に本件付審判請求事件についての審理を先行したのと異るところがないとする各申立人らの主張は、単なる主観的推測に過ぎないと言わざるを得ず、結局本件公務執行妨害被告事件の審理、判決に関与した裁判官が、本件付審判請求事件の審理に関与するときには、所謂「前審関与」の裁判官の場合に等しく、本件付審判請求事件につき予断をもつて臨み右判決における認定の結果及びその際の心証に拘泥して、本件被疑者らに不利な結論に到達しようとする虞があるとは到底認められない。

三、次に右判決裁判所が、右被告事件の審理過程において、警察の警備目的に対し不当な予断、偏見を懐いていたことの左証として主張されている右裁判長裁判官真庭春夫の法廷内外での言動等と白井裁判官との関連について判断する。

(一)  申立人ら主張の訴訟指揮に関する事項については、同事件の記録を精査するも公判調書上これを認めるに足る証拠は皆無であり(ちなみに同事件の公判における供述調書はすべて速記録である)、仮に申立人ら主張の如き事実が存したとしても、陪席裁判官であつた白井博文が、右訴訟指揮に何らかの点で関与していたものでない限り(例えば異議申立の却下決定に関与した等の事実のない限り)、右の如き事実をもつてして、直ちに同裁判官が申立人ら主張の如き予断と偏見を懐いていたとする左証となし得ないことは又自ら明らかなことである。

(二)  つぎに真庭裁判官が法廷外で被告人福田ら本件付審判請求事件の申立人側の者に極度に好意的な態度を示したとする点については、これら白井裁判官と直接かかわりのないことをもつて直ちに同裁判官が本件について、予断と偏見を懐いていることの根拠となし得ないこと、又当然のことである。

なお付言するに、申立人前田光雄とその弁護人の主張する「博多駅での検証途中での出来事」即ち、真庭裁判官が被告人福田を同駅南集札口外側に連れて行き、同人の肩に手をかけて「僕がついているから大丈夫た、心配することはない」と話しかけたという事実については、この点に関する同申立人作成の報告書と題する書面の内容は容易にこれを措信することができず、他にこれを認めるに足る資料はない。又各申立人指摘の前記朝日新聞登載真庭裁判官の談話中「この事件の審理でも、法廷の秩序維持について、弁護人をまじえ法廷外の廊下等で被告人と会い、十分に話し会つた、学生裁判には珍しくトラブルがなくてすんだ、云々」の部分は、その前後の文章をも併せ読めば、同裁判官が「法廷の秩序維持のためには、安易に強制力をもつて臨むべきでなく、裁判官と被告人との間に信頼関係がなくてはならない」との基本理念の下に、「同事件でも、法廷の秩序維持について」、弁護人をまじえて被告人と話し合つた旨述べたものであつて、これをもつて同裁判官が被告人に無罪を暗示して同事件の審理を進めたとするのは、申立人らの独自の見解に過ぎない。

(三) 尚前田利明とその弁護人らは「本件付審判請求事件については、昭和四四年四月一〇日付をもつて、検察官から公訴を提起しない旨の意見書が提出されているにもかかわらず、同事件の係属した福岡地方裁判所旧第三刑事部は、同年五月二一日に至るまで、右被疑者前田利明に同付審判請求のあつた事実を通知せず、刑事訴訟規則一七二条に違反し、しかもその間に、同年四月一九日付及び同年五月九日付をもつて右被疑者前田利明宛に、本件米原子力艦艇佐世保寄港阻止闘争当時、博多駅に出動した福岡県警機動隊員の名簿の作成提出方を刑事訴訟法二七九条による照会の形式で要求しているのであつて、これは同被疑者に対しその部下である約八〇〇名の警察官を被疑者として特定するために名簿の差出し方を要求するもので、被疑者の人権と人格を無視し、しかも同被疑者に黙秘権を行使させないため、ことさらに前記通知を遅らせて、右の如き形での照会を発したものと解さざるを得ず、憲法三八条一項、刑事訴訟法一八九条二項に違反する。」と主張する。

しかし、本件付審判請求事件の記録上認められる右二回の右被疑者に対する照会は、本件においては右通知をなすべき被疑者の氏名が、本件忌避申立人前田利明同前田光雄外二名を除いてはすべて未特定であるために(別紙(一)(略)記載被告発人名参照)、これが特定のため公務所たる福岡県警本部の長(右前田利明)に対してなされたものであつて、別段同被疑者の人権や人格を無視する処分にも当らず、まして、同被疑者の黙秘権とは、何ら関係のない事項であり、右の如き主張事由が、白井裁判官が予断と偏見をもつて本件の審理に当る虞ありとする左証となり得ないこと、又明らかである。

四、以上説示のとおり、本件各記録を精査するも、白井裁判官が、本件付審判請求事件の審理に当り、本件公務執行妨害被告事件の審理、判決に関与したことによる予断と偏見から不公平な裁判をする虞があると疑わせるに足りる事由は、全く見当らない。

よつて本件各忌避の申立はいずれもその理由がないので却下することとし、主文のとおり決定する。

別紙(一)、(二)略

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